うつ病日記

うつ病で2018年秋から休職中

2019年6月16日日曜日

就寝時刻:27時半

起床時刻:13時

 

また何となく夜更かししてしまってから寝る。何をしていたか、あまり覚えていない。スペイン巡礼について調べていたかもしれない。『進撃の巨人』のあらすじを読んでいたが、それだけでは遅い時間にはならなかった気がする。

何となく寝て、何となく起きる。やはり昼になっている。調子がよくないが、何となく起きる。相変わらず退屈である。

とりあえず15時すぎにお昼を食べて、カフェに移動。暑くて外に人が多い。ジェラート屋さんが大繁盛している。

ほどほどに切り上げて新宿へ。紀伊国屋に行ってフランス語の洋書を見ようとするが、フランス語の本はすべて代々木の方へ移動したとのことだった。スペイン語の良い単語集がないかと思って棚を見るがあまりピンとこず。バックパックやトレッキングシューズを買おうと思ってアウトレットのお店を探すが、最近閉店したばかりだった。ビックロの上階でお店を見たが、あまりよく分からなかった。総じて空振り気味。

中野の図書館で本を借り、ブックファーストで結構長い時間立ち読みをする。「レンタルなんもしない人」の本を読んでいた。哲学カフェに出入りしていたという話も出てくる。働くことへのぴんとこなさをどのように昇華させて折り合いをつけて堂々と生きているのか気になるので、立ち読みだけではなくてきちんと買って読もうと思う。

スペイン巡礼の本を探したついでに目に入った宇野常寛『リトル・ピープルの時代』の補論、『ダークナイト』についての考察を読む。大きな物語が失われ明確な唯一の正義がなくなった時代は翻って悪の存在をも難しくさせた(というのも、悪もまた、正義と同様に、乱立する共同体にとっての正義として解釈されるから)、そこでいかなる物語にも駆動されず自己目的に闘争へと邁進する者こそがこれからの真の悪役であり、そうしたものとしてジョーカーや仮面ライダー王蛇が存在する、というような趣旨だったと思う。なかなか面白かった。ジョーカーの魅力を確かに説明している。そして、正義の解体と共に悪もまた存在しづらくなるという指摘は目からウロコが落ちた。

そういえば、『仮面ライダー龍騎』を見返していたが、途中で辞めてしまった。思ったより演技が下手で見ていてしんどかった。しかし、浅倉威=王蛇だけはずば抜けている。あの呵責のなさは、やたら迷っていて煮え切らない龍騎やあからさまに紋切り型な人間味を見せるナイトより際立って魅力的だった。兄弟に手をかけて「嘘だった」という箇所なんかは、今思い出してもゾクッとする。

 

日々の退屈感に耐えきれず、再来週にスペイン行きの航空券を取ってしまった。

海外旅行に必要なものを買い揃えなくてはいけない。とりあえず値段の高いものとしてはバックパック、寝袋、トレッキングシューズ、レインウェア。買い揃えなければ。

 

新しく買うのもどうかと思い、いま入りづらくなっている会社の寮に取りに行く予定を立ててしまった。