うつ病日記

うつ病で2018年秋から休職中

2019年6月3日月曜日

坂口恭平坂口恭平躁鬱日記』に影響を受けて、日記をつけてみることにした。

あまり考え事の迷路に迷い込まないように、振り返ったときに役に立つように、外界との関わりを中心に日記をつけていこうと思う。

 

就寝時刻:26時頃

起床時刻:9時半頃

初めに起きたときは8時より前だったと思うが、前日遅くまで起きていたし、あまり早く起きる必要もないかなと思い9時半ぐらいまで浅い眠りと覚醒を繰り返していた。

朝はよく来るプロントでハムトーストの朝食。11時半ごろまで考え事をして退散。

家に帰り、『進撃の巨人』と『さらざんまい』の最新話を見た後昼寝をして、14時半ごろ再び出かけて昼食の油そばを食べる。延滞していた本を図書館に返し、カフェに行くが、アイスコーヒーを向かいの人にこぼしてしまう。それで動転して凹み、最寄り駅のスターバックスに移る。それでこのブログを開設するに至る。

 

昨日の夜は『魔法少女まどか☆マギカ』を3話くらいから、見始めたら止まらず最後まで一気に見てしまった。結末を知ってから見ると、ほとんどの発言が結末との関連で意味を持つように思われて、すごいと思う。

9話までさんざん不条理な時間の経過を感じさせた上でこそ、10話の何周も時間をやり直している描写が空疎にならず、繰り返す時間の中で積み重なる経験の重さが見てる側にも伝わってくる。登場人物がまどかとほむら以外きれいに片付いているという舞台設定も自然にこなされていて見事と言う他ない。そして、OPが最後に流れ、ほむら目線で歌詞に具体的な意味が与えられる演出も、やはり感嘆もの。あるいは、ほむらの声の調子とのシンクロ。

1話では母親がリボンを選んでくれる。11話では母親に抗してまどかが自分を選ぶ。母親との葛藤にも見どころがあり、およそ無駄がない。

ほむらが積み重ねた時間と試行錯誤は、この時間を生きるのが初めてのまどかは理解できないはずだ。しかし、まどかはその思いを受け取り適切に引き受ける行動をした。美しい信頼の物語だ。

なかなか魔法少女になることを決心できず、何者にもなれないと悩むまどか。しかしそれは否定的な事態ではなく、ほむらの愛がもたらした望ましい事態として肯定し直される。第一の対比。その後、魔法少女になることを選びとるまどか。今度はほむらへの愛ゆえである。第二の対比。とにかく構図がクリアである。

全体で4時間ほどで、しかも20分の間に起伏があるから飽きないし、終わりが見えていてペロッと見れてしまう。その中にコンパクトながら濃厚なドラマが詰まっている。

 

まどマギ』を見てから『さらざんまい』を見ると、その美少年の描写のあざとさに少し面食らってしまう。しかし、美少女だったら違和感を感じないというのも一つのジェンダーバイアスであり、主人公が美少年であってもおかしくはないはずだ。美少女なのを無徴・デフォルトだと考えて、美少年であることを有徴と捉え意図を深読みしているのは偏っているな、と己を反省する。

最新話に特に関連する話ではないが、産みの家族への愛を意識的に断ち、育ちの家族への愛を、傷つきながらも意識的に引き受けようとする一稀と、血がつながった兄への愛が絶対である悠の対比が興味深い。ゴールデンコンビ、さらざんまいの三人組、血の繋がり、恋愛、血のつながらない家族、いろいろなつながりが両立したりしなかったりする中でどういう態度をとっていくか、そういう葛藤がぐっとくるアニメだと思う。あと、6話は最終回かと思うぐらい、個人的には気持ちが盛り上がった。

 

こんな感じで日記をつけていきたい。余裕があって気が向けば引用などもしたいが、そこまではできる日とできない日があるだろう。まずは習慣づけをしたい。

 

19時頃から散歩をした。涼しく薄暗くはなるが、色彩が失われない程度のちょうどよい時間帯。3日間寝込んでいたせいで、わずか1時間歩くだけで腿が少し張る。

 

シェアハウスについて調べる。ある程度以上安くて、新宿へのアクセスがそんなに悪くなくて、緑のありそうなところ、駅チカ、となると、かなり絞られてくる。永福町か明大前のあたりか、吉祥寺がよいだろうか。もう少し検討。